大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(ラ)233号 決定

抗告人(債権者)

タイガー販売株式会社

右代表者

白江信生

右代理人

辻誠

河合怜

富永赳夫

関智文

竹之内明

相手方(債務者)

破産者

栄商事株式会社

破産管財人

梶谷玄

第三債務者

株式会社忠実屋

右代表者

高木吉友

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は別紙「仮差押申請却下決定に対する抗告状」及び「抗告理由補充陳述書」に記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1 民事訴訟法上の仮差押は、金銭債権等について、強制執行開始までの間に債務者の責任財産が散逸するおそれがある場合に、これを保全するための暫定的な措置をとることをその目的とし、強制執行に移行することを予定した制度であるのに対し、担保権の実行手続は、契約等により創設された私的換価権に基づき、私文書等でその存在を立証するだけで目的物を換価し、被担保債権の満足を得ることを目的とする制度である。そして、強制執行と担保権の実行とは、換価手続に関しては技術的に同一の方法によることができるところから、民事執行法においては担保権の実行に強制執行の規定を準用している。しかし、そもそも右両制度は前記のとおり全く別個の根拠に基づく制度なのであるから、債務名義に基づく強制執行を保全することを予定する仮差押手続において担保権(物上代位権を含む。)の保全を目的とする仮差押命令を発することが認められないことは明らかである。しかも、民事執行法一九三条二項、一四三条によれば、本件のような動産売買の先取特権による物上代位権の行使の手段としては、執行裁判所の差押命令が認められているにすぎないことからすると、動産売買の先取特権による物上代位権の行使の方法として民事訴訟法上の仮差押を利用することもできないものと解するのが相当である。

2  なお、担保権によつて担保される金銭債権といえども、民事訴訟法上の仮差押の要件を具備する場合には仮差押命令を発することができることは明らかである(もつとも、通常は保全の必要性が認められない場合が多いと思われる。)が、本件においては、相手方が既に破産宣告を受けていることは抗告人の自認するところであるから、右の意味での仮差押も許されないと解すべきである。この点についての当裁判所の見解は原決定五枚目裏一行目の「本件仮差押申請が」から六枚目表一行目の「と解される。」までに説示するところと同一であるからこれを引用する。

三そうすると、本件仮差押申請は理由がなく、これを却下した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(鈴木重信 加茂紀久男 片桐春一)

仮差押申請却下決定に対する抗告状

抗告の趣旨〈省略〉

抗告の理由

一、本件仮差押申請の趣旨

1 本件仮差押申請は、民法第三〇四条一項但書に基づくもので、物上代位の目的物に対する特定性の保持と優先権の保全を目的とするものである。

2 物上代位権の行使と債務者の破産宣告との関係については、従来議論の分れていたところであるが、昭和五九年二月二日最高裁判所第一小法廷判決(昭和五六年(オ)第九二七号事件)は、「先取特権者は、債務者が破産宣告決定を受けた後においても、物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である」との判断を示すと共に、民法第三〇四条一項但書の趣旨は、先取特権者のする「差押」によって「物上代位の対象である債権の特定性が保持され、これにより物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面第三者が不測の損害を被ることを阻止しようとすることにある」と説示している。

ところで、右の「差押」は、債務名義を必要とせず「仮差押」でも妨げない(我妻栄著担保物権法、民法講義一五九頁参照)というのが通説であり、「本条の差押は権利保全のための仮差押の性質に近く、仮差押の手続によるのを本則とする見解が有力である」ともいわれている(注釈民法(8)物権(3)一〇二頁・石田文次郎著担保物件ママ法論八三頁参照)、また、この差押は従来から、担保権の効力保存の条件であって、優先権者の権利実行の方法としての執行行為たる差押ではないと解されており、判例も「コノ差押ハ権利ヲ保全スルタメ第三債務者ニ対シ代金支払ノ差止ヲ為ス必要ニ出テタルモノトス」(大正三・一一・一二大判録二〇輯九一〇頁)としており、物上代位権に保全権能が内在することを認めている。この判例は今日まで変更されていない。

3 民事執行法は、債権及びその他の財産権についての担保権の実行の要件等として第一九三条を新設して、担保権実行の要件を定めるとともに、担保権実行手続として同法第二章第二節第四款債権及びその他の財産に対する強制執行の規定を準用している。

右新設規定による担保権実行の要件としては「担保権の存在を証する文書」の提出が要求されている。担保権の存在を証する文書の提出が可能であれば強制執行の準用規定によって、担保権の実行開始として「差押命令」を得ることができるので、民法第三〇四条一項但書に規定する担保権保全のための「差押」は不要となる。

然しながら、本件は、今日の段階においては、担保権の存在を証する文書の提出が困難である(疎明では不十分であるとするのが判例であり実務上の取扱いである)。そこで、後日担保権の存在を証明する文書(たとえば物上代位権の存在を認めた確認判決)の提出が可能となるまで担保権保全のための差押(仮差押)を必要とするので、本件申請に及んだものである。

二、原裁判所の判断について

1 原裁判所は「物上代位権の行使の方法としては、民事執行法の規定による差押が予定されているとみるほかないだけでなく、金銭債権の執行の保全という差押とは異る目的、性質を有する仮差押を物上代位権の行使の方法として認めることは、適当でない」との判断を示している。

然しながら、民事執行法第一九三条一項は担保権実行開始の手続としての「差押命令」を規定したものであるが、民法第三〇四条一項但書は、物上代位の目的物に対する特定性の保持と優先権の保全を目的とする「差押」を規定したものであるから、同じ「差押」という用語であっても、その目的、性質を異にするものである。

民法第三〇四条一項但書の「差押」は「仮差押」でもよいというのが通説であり、この仮差押は民事訴訟法上の仮差押と全く同一のものではないが、従来から実務上はその類似性から民事訴訟法上の仮差押手続を類推適用して手続が行われている。本件はこうしたことから民法第三〇四条一項但書に基づいて、担保権保全を目的として仮差押申請をしたものである。

従つて、民事訴訟法上の通常の仮差押と同様にみて、本件のすべてを律することには異論を述べざるを得ない。

原裁判所は、物上代位権の行使の方法としては、民事執行法の規定による「差押」のみが予定されているという見解であるが、担保権の実行開始の手続としては「差押」のみが予定されていることに異論はないが、担保権の保全については、民事執行法第一九三条の新設後においても、民法第三〇四条一項但書は適用の余地が残されていると解されるべきである。

2 次に、原裁判所は「本件仮差押申請が物上代位権の行使の方法としてではなく、その事前における保全の趣旨でされていると解しても、やはりその理由がないことに変りはない」との判断を示している。

然しながら、民事訴訟法上の通常の仮差押と本件民法第三〇四条一項但書に基づく仮差押とが「必要性」の性質については異るところがあつても必要性の存在そのものについては肯定されるところであるから本件仮差押を排斥する根拠とはならない。また、債権者には、先取特権の目的動産に対する債務者の処分権を阻止する権利がないことについては異論はないが、物上代位の対象となる売渡代金債権等については、民法第三〇四条一項但書が「差押」をすることを要件としており、「コノ差押ハ権利ヲ保全スルタメ」認められたものであることは前掲判例の示すとおりである。こうした物上代位権に内在する保全権能の行使として、本件仮差押申請はなされたものである。従つて動産先取特権の一般的性質論から本件仮差押を否定することは妥当ではない。

3 原裁判所は「物上代位権の行使ないし保全の方法としての仮差押は、民事執行法の施行前においてはともかくとして、同法の下においてはこれを認めるのは相当でない」とする見解を示している。

然しながら、民事執行法第一九三条の規定は、そのタイトルにもあるとおり「債権及びその他の財産権についての担保権の実行の要件等」を定めたもので、単に担保権実行の手続要件を定めたに過ぎない規定である。民法第三〇四条一項但書が規定する「差押」は担保権保全を目的とするものであるが、民事執行法第一九三条によってなされる「差押命令」は、担保権実行開始を目的とするものである。従って用語を同じくしても、その性質、目的を異にするものであるから一方が他方を排斥するものではない。(民法第三〇四条一項但書の差押が保全を目的とするものであるから、仮差押によって代置することも認められていると解すべきである)

4 原裁判所は、先取特権の機能には限界があるとして、「動産売買の先取特権ないしこれに基づく物上代位権の行使について……民事執行法の規定による差押がされる以前においては、債務者の消費、取立、譲渡等を保全処分によって阻止する権限は先取特権者にはないとするのも已むを得ないところである」と結論づけている。

然しながら、物上代位権の保全について、右のような見解をとることは、実定法上の解釈としては、いささか無理があるのではなかろうか。

民法が第三〇四条によつて先取特権者に物上代位権を認め、かつその保全方法としての差押(仮差押)の権能を先取特権者に付与しているにも拘らず、民事執行法の規定による差押がされる以前においては保全処分を許容しないというのでは、せつかく実体法が認めた担保権保全の権能を手続法によつて事実上葬り去つてしまうことになる。

民事執行法第一九三条は担保権実行の要件として「担保権の存在を証する文書」の提出を命じている。この証明は疎明では足りないとされている。証明文書が整わない場合はこれを整えるまでの間、権利保全の方法が認められて然るべきである。一般債権については債務名義を得るまでの間、仮差押という保全方法が民事訴訟法上認められている。実体法が担保権者保護のため特に保全手段をも含めて規定している物上代位権について、先取特権の機能には限界があるというだけで、手続法規である民事執行法の第一九三条を拡大解釈して、権利保全の途を封ずることについては、いささか異論を唱えざるを得ない。

5 民事執行法の立法趣旨は「債務名義に基づく強制執行と抵当権等の担保権等の実行としてのいわゆる任意競売とを統合した単行法を制定し、債権者債務者その他の権利関係人の利害を調整しつつ、執行手続の改善および執行の適正迅速化を図ろうとするものである。」(浦野雄幸 逐条概説民事執行法一二頁)といわれており、また、「民事執行法は、……民事執行についての基本法を制定しようとするものですが、この法律作成に当たっての一番大きな基本方針は、実体法の改正を避けて立法することにあったといえましょう。」(田中康久新民事執行法の解説三頁)ともいわれている。

民事執行法第一九三条の規定は「債権及びその他の財産権についての担保権の実行の要件等」を定めたもので、単に担保権実行の手続要件を定めたに過ぎない規定である。

従つて、この条文を根拠に、民法第三〇四条一項但書の規定を空文化するような解釈をすることは、民事執行法の立法趣旨にも反することになる。

抗告理由補充陳述書

一、本件仮差押申請は物上代位権の保全を目的とするものであることは、さきに提出した抗告状の抗告理由第一項において述べたとおりである。

二、ところで、原裁判所は担保権(先取特権、物上代位権)の保全について、担保物権とこれによつて担保される金銭債権とを切り離し、二つの権利をそれぞれ別個のものとして立論している。

すなわち、(1)担保権を保全するための仮差押申請であるとすれば、その必要性は、通常の仮差押の必要とは異質のものであるなどとの理由によって仮差押を否定し、(2)売掛代金債権を保全するための通常の仮差押申請であるとすれば、債務者は既に破産宣告を受けているのであるから、通常の金銭債権を保全するための仮差押はもはや許容することはできない、との見解を示している。

しかし、この立論は、担保物権の附従性を全く無視しての議論である。担保物権の特質は債権の担保を唯一の目的として存在するもので、これが講学上担保物権の附従性として説かれており、担保物権と被担保債権とは常に一体として行使されるものである。従つて担保権の実行とは担保権の行使と共に被担保債権の行使であるから、これを切り離すことなく一体として考察すべきである。

三、民事執行法が規定する担保権の実行等としての競売等(第四章)は、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行(第二章第二節)と同様に、金銭債権の満足を目的とする本執行(第三章の保全執行に対応する意味での)である。ただ、前者は担保権に内在する換価権に基づいての金銭債権の任意的執行であつて、債務名義は必要としないが担保物権と被担保債権の存在を文書によって証明することにより開始されるが、後者は債務名義に基づく強制的金銭執行であるから一定の債務名義が存在することによつて関ママ始されるという差異があるに過ぎない。

従つて、担保権(被担保債権を含む)の存在が文書によつて証明しえない場合は、債務名義が存在しない場合と同様に、後日、本執行(担保権の実行、又は金銭債権の強制執行)が可能となるまで、請求権を保全する手続、すなわち執行保全の方法としての保全訴訟(仮差押、仮処分)が、民事訴訟法上認められていることは当然として理解されるのである。

殊に物上代位権の場合は民法第三〇四条一項但書によつて担保権(被担保債権を含む)の保全が明文をもつて認められているとみるべきである。

四、右に述べた保全方法が仮差押によるべきか仮処分によるべきかについては、次のような判例がある。

すなわち、債権者が債務者に対し貸金債権及びこれを担保するため立木と土地とに抵当権を有する場合、立木の伐採および搬出を禁止する保全方法として、大審院判例(大審院民事判決録一八輯八四二頁、大元・一〇・一二判決)は、「仮処分ハ仮差押ト同シク、或請求権ノ執行ヲ保全スルノ方法ニシテ其相異ル保全スヘキ請求権ノ目的カ仮差押ニ在テハ金銭給付ナルニ反シ仮処分ニ在テハ他ノ特定ノ給付ナラサルヘカラス従テ保全ノ方法モ一様ナラサルニ在リ故ニ本案訴訟ニ係ル請求権ニシテ金銭給付ヲ目的トスルモノナルニ於テハ之ヲ保全スルハ仮差押ヲ以テス可クシテ仮処分ヲ以テスルコトハ法ノ許ササル所ナリ」と判示している。

更に、昭和五五年三月一七日大阪高民二決定昭和五四年(ヲ)第七一一号(判例タイムズ四二一号九〇頁)裁判例は、先取特権に基づく物上代位権行使のためには金銭の払渡前に自ら差押をしなければならないが、仮差押も差押と同視して差支えないと説示している。

この裁判例は、破産宣告前になされている仮差押であっても、物上代位権の行使であれば破産宣告によって効力を失うことはないとの見解を前提としている。

五、以上に述べたように、担保権の行使と金銭債権の行使とを一体として考察すれば、担保権保全の必要性と金銭債権保全の必要性とは異質のものであるとする議論は成り立ちえないことが明らかになる。従つて担保権の保全としての仮差押を否定する原裁判所の見解は、この点において誤りをおかしていると考える。

次に、一般債権による仮差押は、債務者の破産宣告後は破産法上排除されていることについては異論のないところであるが、担保物権によつて担保されている被担保債権は、別除権として破産手続に依らずして行使できることも議論の余地のないところである。

本件は一般債権の行使ではなく、別除権に基づくもので、担保の対象となっている権利に対する被担保債権による仮差押申請であるから当然許容されて然るべきである。

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